以下は昨年の11月に別のブログで書いたエントリーです。
こちらに記事を移して、向こうを消そうかと思って挑戦しましたが上手くいきませんでした。まあ、テストって事で。
久々に映画の記事です。
別に映画を見ていなかったのではなく、沢山見ていたけれど何かを書きたいと思う映画を観ていなかったのです。
トゥルーへの手紙は観ていた間泣きっぱなしでした。
犬たちの可愛さにやられ、映像の美しさにやられ、監督ブルース・ウエバーの手紙にやられてしまいました。(つまりは全て)
この映画が公開されたとき、監督が来日して色々な番組で話していたのを聞いて是非観たいと思っていたのですが、その頃私の神経症がMAXだったので断念したのでした。
WOWOWで放送してくれて良かった。
ウエバーは9・11の悲劇の現場、貿易センタービルの近くに犬たちと暮らしていたそうです。9・11テロがあったとき、ウエバーは自宅を離れていて犬たちのことをとても心配していました。
その時の思いからこの映画を作ったのだそうです。
「トゥルーへ手紙に書こうと思う。
Eメールではなくて、僕が父から貰ったような手紙。
犬に手紙だなんて変かも知れないけれど、彼は僕にとって最高の聞き手なんだ。
僕が出掛ける仕度を始めると、トゥルーは悲しい目をする。
仕事に出た先で僕は思う、混迷するこの世界で―
帰るまで 家はあるだろうか?」
こんな書き出しで映画は始まり、映像と歌と詩と言葉で監督の思いが綴られていきます。
最初の方に私が小さい頃見た記憶がある「名犬ラッシー」の映像が使われていました。
少女が「明日、教会に行くんだけれどビル(シェットランド・シープドッグ)はいけないの」と言います。おじいさんが「心配は要らないよ。人間は目に見えない神様と教会で話をする。でも、犬は自分の神様が目に見えるんだ。犬にとっては飼い主が神様。君がビルの神様なんだよ。君を愛し、君に従うのがビルの幸せ。」
なんかもう、この言葉だけで泣けました。
犬たちへの愛だけでなく、戦争は・・人間は・・愛は・・・と言うメッセージも沢山こめられた映画だと思います。全体的に9・11のオマージュ色が強いけれど、これは観るべき映画だと思いました。
息が苦しい位、涙を流したの久し振り・・・
こちらに記事を移して、向こうを消そうかと思って挑戦しましたが上手くいきませんでした。まあ、テストって事で。
久々に映画の記事です。
別に映画を見ていなかったのではなく、沢山見ていたけれど何かを書きたいと思う映画を観ていなかったのです。
トゥルーへの手紙は観ていた間泣きっぱなしでした。
犬たちの可愛さにやられ、映像の美しさにやられ、監督ブルース・ウエバーの手紙にやられてしまいました。(つまりは全て)
この映画が公開されたとき、監督が来日して色々な番組で話していたのを聞いて是非観たいと思っていたのですが、その頃私の神経症がMAXだったので断念したのでした。
WOWOWで放送してくれて良かった。
ウエバーは9・11の悲劇の現場、貿易センタービルの近くに犬たちと暮らしていたそうです。9・11テロがあったとき、ウエバーは自宅を離れていて犬たちのことをとても心配していました。
その時の思いからこの映画を作ったのだそうです。
「トゥルーへ手紙に書こうと思う。
Eメールではなくて、僕が父から貰ったような手紙。
犬に手紙だなんて変かも知れないけれど、彼は僕にとって最高の聞き手なんだ。
僕が出掛ける仕度を始めると、トゥルーは悲しい目をする。
仕事に出た先で僕は思う、混迷するこの世界で―
帰るまで 家はあるだろうか?」
こんな書き出しで映画は始まり、映像と歌と詩と言葉で監督の思いが綴られていきます。

少女が「明日、教会に行くんだけれどビル(シェットランド・シープドッグ)はいけないの」と言います。おじいさんが「心配は要らないよ。人間は目に見えない神様と教会で話をする。でも、犬は自分の神様が目に見えるんだ。犬にとっては飼い主が神様。君がビルの神様なんだよ。君を愛し、君に従うのがビルの幸せ。」
なんかもう、この言葉だけで泣けました。
犬たちへの愛だけでなく、戦争は・・人間は・・愛は・・・と言うメッセージも沢山こめられた映画だと思います。全体的に9・11のオマージュ色が強いけれど、これは観るべき映画だと思いました。
息が苦しい位、涙を流したの久し振り・・・

















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